hairlinebecool
美容に関する、豆知識やコラムを紹介します。
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becool 堀江翔平の歴史
僕の歴史・・・と言ってもまだまだ若いし、歴史というほどでもないんですが今回は簡単に僕の自己紹介みたいなものと、僕がこの仕事を始めた理由、「becool」に入った理由などを紹介していこうと思います今思い返すと、色んな人との出会い、出来事があって、それが全て今に結びついている気がして・・・。「運命」だったのかなと思います

名前「堀江翔平」
1987年6月27日生まれ
O型 かに座
出身は春江町(わかるかな??)です。今年で21歳になりました
母親いわく、小さいころはとても大人しくいい子で、ほとんど手のかからない、イイ子だったみたいですよ今もそれはかわりませんが
学歴は春江中学校〜福井商業高校〜アイビーテクノカレッジです
小、中の頃はホントに真面目で、部活も野球をやっていて好青年でした中学の途中くらいから反抗期というか・・・ちょっとフラフラしてしまったように思います
その僕が中学生の頃、髪を切りに行っていたお店が春江にあります「セントジョージ」というお店ですみなさん知っているかどうかわかりませんが・・・そうチーフこと鹿島さんがbecoolにくるまえに働いていたお店です僕がもうお客さんとして「セントジョージ」にお客さんとして行っていて、途中からチーフが入ってきました。その頃チーフは今よりかなり若くて、見た目もチャラくて僕の第一印象は「何やこの人」みたいな感じだったのを今でも覚えていますやっぱり最初はほとんど会話とかもしなかったんですが・・・チーフは昔なかなかの「悪」で、その当時の若かった僕はやっぱり話があったみたいで、段々とチーフになついていったように思います実際話をしてみると、今もすごい優しいけど、昔っからチーフは優しくイイ人だったんですよ中学生の頃から今までずっとチーフ一筋で髪を切ってもらっていって、若い僕にピッタリの色々な髪型にしてくれたり、色々な話を聞かせてくれたり、仕事が休みの日にも遊びに連れて行ってくれたりチーフがとてもよくしてくれたし、「セントジョージ」のスタッフの人たちもすごいよくしてくれたのもあって、毎日のようにお店に遊びに行くようになっていましたそうやって毎日のように「美容師」という仕事をみてきて、「カッコいいなぁ、楽しそうだなぁ」と思ったし、人間的にもステキだなと感じていましたチーフとの出会い、「セントジョージ」というお店が与えてくれたものがまず一つの「運命」だったのかなと思います・・・

けどその頃は全然まだ働く、社会人になるという意識はなかったし、本気でやりたいとまでは思えてなかったので、ただ何となく姉が行っていたし、「女の子が多い」という理由から福井商業高校に入学しました笑(ちゃんと入試の時は結構勉強しましたよ
学校はほとんど休まず真面目に行っていたけど、学校以外では毎日のように遅くまで遊んだり、アルバイトをしたり・・・3年生になって進路を決める時期になっても、フラフラしていた気がします
そんな僕が高校生のころ、チーフが色々あって「セントジョージ」を辞めるという事を聞きましたその頃もまだかなりお店に遊びにいっていたし、チーフにもよくしてもらっていたので、とてもショックでした・・・「鯖江のお店に行く」と聞いた時は、遠いな〜もう切ってもらえないのか・・・と思いました・・・。普通なら春江とかの近場でまた違うお店とかを探していたと思います。けど僕は、まだ車もなかったんですけど春江から電車に乗って、チーフのお店まで髪を切りにいこうと思ったのです全然義理とかそういうのではなく・・・僕の回りの友達も昔からチーフに切ってもらってたんですけど、その子たちも、今でも春江から車でbecoolまできていますよ確かにカッコいい髪型にしてくれるのはあるんですが、それ以外になにか人をひきつける、春江から鯖江まで来てもらえるような何かが、チーフにはあったんでしょうか

そして、鯖江に行ってこの「becool」に出会ったわけです「becool」に初めて行った時の印象は・・・やっぱり入る前は緊張しましたけどチーフが出迎えてくれて中に入ると・・・何か居心地がいい初めてとは思えないスタッフの人たちがホントにイイ人みたいな印象だったのを覚えていますもうそのときからずっと、春江からbecoolまで髪を切りにいくようになりました一回も遠いし、めんどくさいと思ったことはなかったですねそこで出会ったマスター、社長、よっちん、今はいない前のスタッフの人たちがほんとにイイ人で、おもしろく、うるさく(マスター)人間としてもかっこよくみんな楽しそうでその頃から、サラリーマンより自分はこんな仕事をしてみたいと憧れるようになりました(むかしからアルバイトでも接客とかは好きだったんですよ
けど進路を決めなきゃいけない時期がせまっていたし、恥ずかしいというか、「何言ってるの」とか言われそうな気がして、親や先生、友達には話せずにいました・・・そのままハッキリしないまま、まだ働く気にもなれず、フラフラする訳にもいかないんので、アイビーという専門学校に2年間行きました
その学校はパソコンとかの学校で、別にそういうのは好きだったので、学校生活は楽しく送ることができました専門学校での2年間はあっという間で、すぐに就職活動も始まり色々な会社の説明を聞きました
けどやっぱりその時、自分には営業とかサラリーマンはむいていないような気がしていました・・かといって、やっと2年間も学校に行かせてもらったんだし・・・という気持ちがあり、親も何かそういう仕事をしてほしそうな気がしたので、いくつか試験をうけることにしました結果は・・・「残念」でした笑 やっぱり試験にのぞむ姿勢がそこまで真剣になれていなかったというか・・最悪、もう「どこでもいいや」という気持ちになっていました
そんな時、髪の毛を「就活ヘアー」にしに行っていて、真剣に話を聞いてくれたのが「becool
」のみなさんでしたチーフをはじめ、みんな相談にのってくれて・・・そこで、マスターがお店で取り扱っている商品の営業の仕事を紹介してくれたのです全然興味のない仕事よりも、昔から髪を触ったりするのは好きだったので、「そういう営業ならやってみたいです」とマスターにお願いし、その会社の人と話をする機械をもうけてもらいました面接の日も決めてもらって・・・いざスーツに身をつつんで面接に行ってきました結果はというと・・・今僕がbecoolにいるということは、わかりますよね??笑 やっと紹介してくれたのに、すいませんマスターという気持ちでいっぱいでしたもうホント申し訳ないという気持ちだったし、どこを受けてもダメや・・・と、諦めムードになっていて、進路はまったくの白紙でした

そんな時マスターが人生を変える一言を言ってくれました
「そんなんなら、表舞台で働いてみたら落としたことを後悔させるような人になってやれうちで働いてみる
というものでした正直、思いもよらないことだったのでかなりビックリしました理容の専門学校も行っていない僕がbecoolに入れるとは思ってもいなかったし、やっぱりそんな簡単に「やりたい」とは言えなかったので、とても悩みました専門学校に行っていた子たちより、スタートが遅いわけだし、チーフとかに「めっちゃ大変やよ」とも言われていたので・・・やりたい気持ちはかなりあったのですが、不安もいっぱいありました結構長い時間悩みました・・・その間チーフに色々相談にのってもらって・・・
けど僕は働かせてもらうことに決めました中学の頃からやってみたかった仕事だし、なにより「自分がやりたいと思える仕事」だったのが一番の理由ですやりたくもないことを嫌々やるより、やりたいことを楽しんでやりたかったですもちろんそんな甘くはない・・・ということも十分考えていましたけど、一生サラリーマンというより、手に職をつけて、いつかは自分の店を出せるかもという、夢が広がっているほうが、僕にはとても魅力的でした「セントジョージ」「becool」の今まで会ってきた人たちが、みんなステキだったのも大きな理由です優しくて、おもしろくて、オシャレで、かっこよくて素晴らしい・・・いつかはあんな人になりたいと思ったからです

この仕事をやると決めてから親に話をすると、意外にもあっさり「やりたいことをやりね」と言ってくれましたそんな優しく認めてくれた親にもとても感謝してます
やっと専門学校に行ったのに・・・という人もいましたけど、その2年間が無駄になるとは思っていないし、今はまったく後悔していませんこの道を選んでよかったと心から思えます(パソコンが使えるおかげで、becoolも少しずつデジタルになってきましたしね笑)

チーフとの出会い、セントジョージとの出会い、becool1との出会い、スタッフのみなさんとの出会い、色々な会社の試験でおちたこと・・マスターがこの仕事をやってみないかと言ってくれたこと・・・。全てが今こうして「becool」で働いていることに結びついてるように思います
親、友達、チーフ、マスター、スタッフの皆さんに本当に感謝しています

そんなこんなで専門学校を卒業してすぐの、3月18日からbecoolで働かせてもらってますあっという間に4ヶ月がすぎました今まで嫌だと思ったことはなく、本当に毎日楽しくやらせてもらってます
まだまだ何もできないし、考えとかも全然子供だし、これからもっと大変になってくると思うけど・・・いつかはみんなみたいな素晴らしい大きな人間にチーフのように、遠くからでも髪を切りに来てもらえるようなスタイリストになれるよう少しずつ頑張ってやっていこうと思います
うまくまとまってないかもですが、簡単に僕の歴史とさせてもらいますこれからも毎日明るく、少しずつ大人になっていこうと思うので、堀江翔平をよろしくお願いします
クリスマスの意味
             クリスマスの意味







クリスマスは、イエス・キリストの誕生です。


聖書の中で、こんな言葉があります。「しかし、苦しみのあった所に、やみがなくなる。・・・やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。・・・ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。」(イザヤ9:1〜2、6)

なぜ毎年クリスマスには、おめでとう!とお祝いするのでしょうか。それは、イエス・キリストがお生まれになったことが、単に2000年前に起こった出来事というだけにとどまらず、今生きている私たちにとっても重大な意味を持つ事だからなのです。ご存じのように歴史は、紀元前B.C.( Before Christ=キリスト以前)と紀元後A.D.( Anno Domini=主なるキリストの年)に分かれます。すなわちキリスト誕生の時を境に、歴史が闇の時代から光の時代に大きく変化した、というのです。人間にはどうにもならないと思われた暗闇に光がともり、その光を受けた人々の心に喜びと感謝があふれ、新しい命がわき出てくる・・・願わくは私たちにとってこのクリスマスが、そのような光を体験する時でありたいと心から願います



クリスマスの意味

クリスマス・・・神の一人子イエス・キリストがこの地上に来て下さったとは、何を意味しているでしょうか。それは、神様はあなたと無関係ではない、あなたなどどうなってもいいとは思っておられない、それどころか神様があなたを愛しておられるからこそ来られたのだ、ということなのです。もしあなたに嫌いな人があったとしたら、その人のそばには行きたくはないでしょう。しかし愛する人のためなら、障害や困難があったとしてもそばに行って必要な助けをしたいと思われるのではありませんか。まさにそれ以上に神様はあなたを愛し、あなたに豊かな命を与えたいと願ってこの地に来られたのです。

キリストは地上での33年の生涯のあと、十字架の苦しみを受けて死なれました。それは、本来ならば私たちが受けなければならない罰、―私たちの罪や醜い汚れ、悪い思いに対する罰のすべてを、身代わりとなって受けて下さり、それによって私たちを赦すためであったというのです。しかもそれだけでなく、キリストは死んでから三日の後によみがえりました。このキリストの復活という出来事は、キリストが死に打ち勝たれたこと、そしてすべての罪を打ち破り、もはや罪に支配されることがない真の勝利を私たちに備えて下さったことを意味するのだと、聖書は語っています

真っ暗な夜、この暗闇を吹き飛ばすにはどうしたらよいでしょうかどんなに強力な風を送っても、暗闇を吹き消す事は出来ません。しかし、そこにたった一本のロウソクの光を持ってくるなら、その瞬間に闇は消え始め、更にその火が一つ一つ増すごとに、暗闇は消え去って行くのです

では、あなたの心の中の闇はどうでしょうか不安でしょうがない心、イライラが治まらない心、憎しみ、恨み、嫉妬―自分で何とかしよう、忘れようとして他の事に熱中してみても、結局どれもこれも役に立たない事を知るばかりではないでしょうか。しかし、世の光として来られたこのキリストをあなたの救い主としてお迎えするならば、あなたの心に今まで知らなかった光がともり、闇が消え始めるのですクリスチャンとは、このキリストを心に迎えた者、―救い主として信じ、生涯をこの方と共に歩んで行こうと決断した人のことです

2000年前に起こったキリストの誕生、しかしそれは今を生きるあなたと無関係なことでは決してありません。このクリスマス、あなたもこのキリストを心に迎え、豊かな命にあふれる光を体験なさいますように

ハッピークリスマス
感謝
マスターとの出会いで、いろいろなことを知り、けどその時は中学生を卒業したばかりの、まだまだカワイイ高校1一年生でした僕は高校生の時はいろいろな、体験をし、バイトも焼肉屋サカイで3年、ボクシングの3年、真面目な高校生活をおくっていました(笑)高校も2年になり、就職活動が始まり、僕はどうしょうと考えていましたその時は、家の仕事を継ぐかと、いろいろ迷っている時でした
僕が髪をbecoolにカットしに行った時に、その話しが出たと思います。マスターに就職のことを話した時に。。。
『前言ってた美容師になってみたら??良治君やったら、いい美容師になれると思うし』と言われ、この道に進むことに決めたのです
僕の中で何かきっかけが、ほしかったのかもしれませんもしこの呼びかけがなかったら、今のスタッフ、皆さんとの出会いはなかったと思います感謝
出会い
いやいやまだ一人残ってますから僕の次は社長ですよ
というわけで、今か少し自分のことについて語らせていただきます僕が、この業界を目指すようになったのは、中学の時だったと思いますその時にキムタクのビューティフルライフというドラマがきっかけだったと思います。けどその時はサッカー選手なるか〜美容師か〜って感じでしたね〜もう一つはモテルと思ったのもありますかね〜まだまだ若かったわけです
その時ぐらいから、BECOOLに行くようになったんですですから〜BECOOLに行き始めて&マスター社長と出会いかれこれ10年くらいのお付き合いになりますねですけど、あの頃は、まだまだマスターの髪の毛は中田ヘアーだったと思います覚えている人も多いでしょう〜笑えますね
今思い出すと、この出会いがこの美容師としてのターニングポイントだったと思います。僕が初めてこのBECOOLのお客さんとして来た時、緊張でガチガチでしたねやっぱり初めての美容室は誰だって緊張しますって〜その時はまだウブだったので(笑)その時緊張は取り去ってくれたのが、マスターこと河中勇でしたその時の第一声は今でも心の中にあります『最近の中学生は、何で○○○○してるん??』『ビデオか??裏か??』僕にとって何言ってるん!?この人は!!普通きかんやん!!と思った反面、笑いがこみ上げて、自分も『最近は裏ですね』と答えていましたその時のマスターが僕の緊張をなくす為に言った言葉カラから僕は、この人なんかスゲ−と思わせるきっかけになり、BECOOLに行けば、行くほどこの業界に興味をもったのは、今でも自分の中で思い出すことがあります
高校を卒業してからは福井県理容美容専門学校、理容科に入りました。1年目の始めは基本的なハサミの使い方からカットする姿勢、ワインディングなどで

学科では理容、美容理論、法律、衛生、などをならいました。でも、真剣に

聞いてるのも始めだけで授業中寝てたりとか新しい友達としゃべってばかりだ

ったと思います。2年生からは国家試験に向けて毎日テストしたり、理容科は

刈り上げの試験があるのでウィックを使ってずっと髪を切ってました!

国家試験は金沢の大学で北陸3県が集まって試験をしたんですが、学科試験が

すごく難しかったです。けど、見事合格! 落ちたら親に悪いし、合格するた

に友達と夜遅くまで何回もプリントやったり、カット習いに行ったりして頑張

りました! 今、考えると理美容って魅力のある仕事だなって思います。僕の

友達もよく言うんですが、よっちんら毎日遅くまで仕事して練習して遊びに

行けないし、おれはできんわぁー!たいへんやなぁってよく言われます。

確かにそう思う時もありますが、その生活に慣れると大丈夫になってくるし、

なによりもお客様が本当に喜んでくださると、あー今までやってきて良かった

この人のためにまたなにかしたいって思えるので、ぼくらのお仕事はそこが

魅力的なんだと感じます

国家試験が終われば研修旅行という名の楽しいイベントがあります。国、内外

1つ行きたいトコを紙に書いて多数決で決めます! 

ロス、ニューヨーク、ローマ、パリ、ハワイ、東京のどれか1つ!

決まったのはロスになったけど、今だったらパリかローマが良かったなぁ
ちなみに僕はチベットに行きたいって書いたら、即却下されました

2月、ロスに行くためパスポートも発行してたんですが、9月11日アメリカ

同時多発テロが起きたため2月のロスは中止になり、東京になりました

なかなか思い出に残った研修旅行でした。

そして就職するためにサロン探しが始まりました!